元日のガンジー

 

大晦日、久しぶりに帰省した。

 

大阪から約5時間バスに揺られ、(もし俺が紙粘土やったら一生この体勢で生きていくことになったな、危なかった…)といらぬ心配をしていると外はすっかり雪景色になっていて、飛騨に帰ってきたことを知る。
バスは予定通りの時間に、高山駅に到着した。

 

駅までは親が迎えに来てくれていて、久しぶりの対面を果たした。
当たり前のことだが前に会ったときよりも老けていたので、挨拶がわりに「もうババアじゃん…」と言うと「そうなんやって!見て見て!ババアの手!」と言っておそらく自分の中で一番ババアポイントの高いであろう手を見せてくれた。
ババアの手を握って「苦労したんやねえ…」と言うとババアは「てへへ」と言って照れていた。
ババアは続けて「誰かさんがなかなか親孝行してくれんもんで」と言うので、つられて「てへへ」と言った。
そんなことをしているとジジイに「早く乗れ」と怒られてしまい、2人で「てへへ」と言って慌てて車に駆け込んだ。

 

帰りにスーパーに寄ると言うのでついて行くことにした。
ババアはスーパーで惣菜たちをひとしきり物色したあと、「あんた栗きんとんと芋きんとんどっちが好き?」と聞いてくるので「大学芋!」と元気に答えると「残念、不正解。」と言われた。
(俺の好みの問題なんやから正解のジャッジは俺にさせろよ)と思っていると「でもまあ、明日は明日の風が吹くよなあ…」という謎の発言と共にレトルトのドライカレーとナンを軽快にかごに入れ、足早にレジへと向かい出すババア。

この年の瀬に、他の商品には目もくれずにナンとカレーだけを買うなんて異常すぎる。
一連の流れの意味がひとつもわからなくて戸惑っていると、後ろで妹が「いえーい!」と言っていたので我が家では日常の光景なのだろうか。
今まで一緒にいたからわからなかったけど、もしかするとうちの家族はヤバイやつらなのかもしれない。
はたまた、愛国心の強いインド人なのかもしれない。
ということは当然俺もインド人ということになる。
だんだん親の顔がガンジーに見えてきた。
もう自分が日本人だということに自信が持てない。

 

結局その日はふつうの夕食が出てきて、俺の思い過ごしかなと思いかけていた2日の朝、スパイシーな香りで目が覚めた。
油断していた。
こんな正月の朝からカレーを食べるやつなんて、イチローかインド人しかいない。

疑惑が確信に変わった瞬間だった。
あとはもう受け入れるだけ。
初めまして、インド人のわたし。
ああ、身体がカレーを欲しているのがわかる。
逆にどうして今まで気付かなかったのだろう。

さあ、大好きなカレーを食べよう。


すると、俺の中の博識なギャルが「つーかインドでは左手は不浄の手だし、右手で食べた方がよくね?」と言ってきた。
自分がインド人だとわかった今、ここは素直にギャルに従おう。
言われるままに右手でナンをつかみ、ふと横に目をやるとガンジーが元気に両手でカレーを食べている。
おかしい、ガンジーが不浄の手を知らないわけがない。
ガンジーによく似たおばさんは息子の心中を知ってか知らずか「お兄さんたち、おにぎりでも握りましょうかい?」と聞いてくる。

身体がおにぎりを欲している。

わからなくなってきた、やっぱり俺はインド人じゃないのか。

いや、もう国籍なんてどうでもいいな。
俺はこのガンジー似の陽気なおばさんの血を引いている。
これはもうまぎれもない事実で、それだけでもうお腹がいっぱいだ。


俺は妹と手を上げて「いえーい!」と答えた。

 

おしまい