スシ食えねェ!
好きな食べ物なに?って聞かれても候補にはあがらないくせに、突然俺たちの脳内に現れてそのことしか考えられなくする魔性の食べ物茶碗蒸し。
日本ならではの繊細さとスプーンで食べるおしゃれさを兼ね備えている超パーフェクトフード茶碗蒸し。(スプーンで食べるやつは全部おしゃれだと思ってます。)
いつものように(あー、茶碗蒸し食いてえなあー)と思いながら歩いていると寿司と書いてある看板を目にした。
俺の中のリトルサンドウィッチマンが「おいおいこんなところに寿司屋があるじゃねえか、興奮してきたな。」と言うので店に入ることにした。
なんてったって茶碗蒸し食べれるし。
そうだ、茶碗蒸しだけ100杯食べちゃおうかな。
いやでも最近太り気味だしあんまり茶碗蒸しばっか食べるのもよくないかなあ?
俺の中のリトル伊達ちゃんに聞くと「カロリーは蒸したときの熱に耐えられないから茶碗蒸しは0カロリー。」と教えてくれたのでホッと胸をなでおろす。
なんや、0カロリーなら何杯でもイケちゃうじゃん。
するとそのやりとりを見てた俺の中のギャルが「つーかうめえから食うでよくね?」と声を漏らした。
間違いない。
俺は0カロリーだから茶碗蒸しを食べるんじゃない、うめえから食うんだ…!!!
大事なことはいつもギャルが教えてくれる。
「迷ったら心の中のギャルに聞け」
これは俺の座右の銘です。
その回転寿司屋はチェーン店とかではなく、店内をカウンター席が一周しているという構成だった。
レーンのコーナー付近の席に通され、座ったときにあることに気付く。
あれ、どこにも値段が書いてねえ。
まさかここ高いお店とかじゃないよね?
茶碗蒸しに気を取られて半ば思考停止で店に入ったけど、よく考えたらそもそも回転寿司ですらなかった可能性もある。
恋(茶碗蒸し)は盲目とはこのことか。
とりあえず値段が書いてないのなら他の情報からお店のランクを判断するしかない。
そう思って前を向くと、若い店員のお兄さんが一心不乱にイカを握ってレーンに流しまくってた。
レーンがイカで大渋滞を起こしてる。
(え、なんで追加するの?)ってくらいレーンがお寿司でパンパンなのにお兄さんは無理やりイカを滑り込ませている。
よかった、こんなイカれた店員がいるところが高い店なわけがない。
安心して俺は茶碗蒸しを注文した。
ほとんどイカしか流れていないレーンを眺めながら茶碗蒸しを待っていると、隣の席に少し見た目がいかついお姉さんが座った。
お姉さんの席は完全なコーナー部分で、お姉さんの目の前ではお寿司が直角に曲がるんだけど、お皿がギチギチなせいでたまに寿司が止まってる。
改めて見るとまじであの店員さん頭おかしいな。
予定帳ぎっしり埋めてないと落ち着かないタイプの女子かよ。
ふとお姉さんの方を見ると思いっきりイカにガンを飛ばしてた。
レーンのイカがガタガタ震えている。
お姉さんに恐れをなしているのか?
違う、ただレーンがギチギチなだけだった。
主犯格の店員の方に目をやると、今度はサーモンを握りまくってた。
もうそれ置くとこないよ、どうすんのそれ。
そうこうしているうちに茶碗蒸しがやってきた。
茶碗蒸しサイコー!
茶碗蒸しに舌鼓をうっていると、隣から「イカとエビ!」というぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
いやイカめちゃくちゃ目の前にあるやん。
またあいつにイカを握らせるつもり?!
思わずお姉さんの方に顔を向けると、お姉さんもちょうどこっちを見ていた。
やばい、見てたのがバレてしまった。
するとお姉さんの右手がこっちに向かって伸びてくる。
突然のことに思わず身構えると、お姉さんは俺の目の前の醤油のびんを取って自分の手元に置いた。
なんや醤油が欲しかっただけか、びっくりした。
茶碗蒸しをペロリと平らげて、あることに気付く。
茶碗蒸しって1個でいいな。
あと、ふつうに寿司食いてえ。
なぜなら俺は茶碗蒸しも好きだし、寿司も好きだから。
俺、寿司も食っていいかなあ?
俺の中のリトル伊達ちゃんに様子を伺うと「寿司は握られたときの衝撃でシャリとネタのカロリーがぶつかりあって空中に分散するからカロリー0。」と教えてくれた。
これで心置きなく寿司が食える。
とりあえずイカ食べなきゃ。
半ば使命感にも似た気持ちでイカをお皿を取ってさっそく食べようとするも、あるものが足りない。
あれ、醤油どこいった?
あるはずものがそこにない。
いやさすがに醤油なしはきついぞ。
なんせ白い。
白い皿の上に白いお米と白いイカが乗ってる。
白・白・白
三目並べならすでに負けてる。
でもこのまま白旗あげて逃げ出すわけにはいかない。
そう、まだ醤油チャンスが残ってる。
醤油でイカを黒く染めあげてやればまだ勝機はある…!!!
あ、違う、醤油がなくて困っとるんやった。
勝機も醤油もない。
しょうがないからポン酢で食うか。
いやしょうが(ガリ)はあるのか。
ええい、ややこしい。
あれ、ていうかさっきお姉さん醤油持って行ってたよな?
見ると、お姉さんの右肘のあたりに醤油がスタンバってた。
お姉さんは俺の右側に座ってるから、あの醤油を手に入れるためには彼女に声をかけて醤油を譲ってもらうほかない。
お姉さんはというと、相変わらずぶっきらぼうな声で「タイ!」と言って店員さんを威嚇している。
正直俺はかなりブルっていた。
白状すると、一度諦めて目の前のイカをポン酢で食べた。
最初からわかってたことだけど、やっぱりポン酢じゃだめだ。
どうしても醤油がほしい。
心の中のギャルに相談しようと思ったが、あいにくドンキに行っているようで留守だった。
ここはもう勇気を振り絞るしかない。
俺は意を決して彼女に声をかけた。
「すいません。」
「………」(お姉さんは顔を動かすことなく視線だけをこちらに向けている。)
「あの『なにか?』
「いや、すいません!大丈夫です!」
びっくりした。
明らかに怒気を孕んだ言い方に思わず謝ってしまった。
「Excuse me」のすいませんと「I'm sorry」のすいませんで会話を挟んだすみませんバーガーを作って、俺はそれを飲み込んだ。
すみませんバーガーは涙の味がした。
完全に戦意喪失。
もう彼女に声をかける気にはなれない。
俺は空虚を見つめるように目の前で流れる寿司をただただ眺めていた。
心なしかさっきよりサーモンの比重がだいぶ多いように感じる。
まあ犯人はわかっているのだけど。
翌日、たまたま職場のおじさんに声をかけられて回らないお寿司屋さんに連れて行ってもらった。
人のお金で食べるお寿司はまじで最高だ。
しかも回らない寿司ときたもんだ。
心の中のギャルも「てかまじで神じゃね?」と言っている。
俺も心の中のギャルと全く同意見だ。
きっとお寿司の神様が昨日の俺を不憫に思って与えてくれた贈り物だろう。
ありがとう、寿司神様。
なあ、昨日のお姉さん聞いてるか?
俺は今から人の金で回らない寿司を食べるぜ。
ここではレーンに無理矢理寿司を押し込むヤバい店員もいないし、醤油をガッチリキープする気性の荒いお姉さんもいない。
すべてが最高だ。
そして、この最高の環境で俺はあえてすぐに寿司には手を出さない。
そう、俺は迷わず茶碗蒸しを注文する。
俺を連れて来てくれたおじさんも驚くだろう。
でもそんなこと知ったこっちゃねえ。
心の中で伊達ちゃんとギャルがなにやら騒いでいる。
うるせえ、黙ってろ。
誰が何と言おうと俺は茶碗蒸しを食うぜ。
まっすぐ自分の言葉は曲げねえ、それが俺の茶碗蒸し道だ。
茶碗蒸し王に俺はなる!!!
「すいません、茶碗蒸しください」
『あ、今の季節やってないんですよー。』
「あ!本当だ!書いてありますね、すいません!」
え、茶碗蒸し王?
聞いたことないなあ。
僕ですか?
僕はすいませんバーガーキングです。
おしまい