バイトの先輩
大学生のときに飲食店でバイトをしていた。
シフトが曜日固定だったから一緒に入るバイトのメンバーもほぼ固定で、会ったことのないバイトの人もちらほらいた。
ある日店長から急遽助っ人を頼まれて普段とは違う曜日にバイトに向かうと、更衣室に入っていく知らない人を見かけた。
まだバイトに入ってから日が浅かったこともあり、おそらく先輩であろうその人にこちらから挨拶をせねばな、などと思いながら扉を開けると、目が合うなり開口一番「あ!知らない人だ!」と大きな声で思ったことを口にしていた。
これにはとても驚いた。
確かに彼にとって私は知らない人だろうが、この時間に更衣室で同じになるということは、まずバイトの人間で間違いないだろう。
それに店長からも助っ人が来る旨は聞いているはず。
にもかかわらずこちらに対して「あ!知らない人だ!」と言うのは、思ったことをすぐに口にしてしまう人なのかもしれない。
呆気にとられていると「急に知らない人が来たからびっくりしたわー!」と追い討ちをかけてきた。
慌てて自己紹介をすると、彼は一言「ふーん、そうなんやー。」とだけ言って更衣室から出て行ってしまった。
おい待て!!お前の名前は!!!
私は(あいつ絶対仕事できねーじゃん…)などと失礼なことを思いながら着替えを済ませ、更衣室をあとにした。
更衣室を出ると彼は手際よく野菜の仕込みをしていた。
心の中で仕事ができないと言ったことを謝罪しつつ、仕込みを手伝ってるときにある違和感を感じた。
さっきから一言も言葉を発していない。
思ったことをすぐに口にしてしまうならば、彼はいま「ハンバーガーが食べたいなあ…」と言っていなければおかしいのである。
彼はハンバーガーを食べたい人間のフォルムをしている。
どうやら思ったことをすぐに口にしてしまうわけではないらしい。
ではあの更衣室での発言は何だったのだろう。
「知らない人」「自己紹介のあとの素っ気ない対応」「厨房のバイト」「小太り」
いまある情報を集めてどこぞの名探偵よろしく推理していると、ある仮説が生まれた。
彼はもしかすると、知らない人に異常に反応してしまう人間なのかもしれない。
だから自己紹介をしたことで彼にとって私が知らない人でなくなってしまい、急に反応が薄くなったのであろう。
仕事中にバイトの人間としか顔を合わせない厨房のバイトを選んでるのもうなずける。
小太りはあれだ、たぶん体質だ。あと運動不足。
この人渋谷のスクランブル交差点とか原宿の竹下通りとか行ったら大変そうだなと思った。忙しすぎる。
すべて腑に落ちたところで、私は彼を受け入れ、そして共に仕事に励んだ。
バイトを始めて1年経ち、彼もいよいよ大学を卒業だというときに「俺卒業式には出ないよ」とわけのわからないこと言い出すので皆口々に「何でですか?!」と彼を問い詰めた。
私はすべて察して「知らない人いっぱいですもんね…」と声をかけるべきか悩んでいると、本人自ら「友達がいないから行っても関係ない」と話していた。
(まあ、あまり友達になりたいタイプではないよなー、小太りだし。)とまた失礼なことを思いながら「確かにそれなら行っても行かなくても同じですね!」と元気に返事をしておいた。
皆やばいやつを見る目でこちらを見てきたけれど、先輩は少し満足気な顔をしていた。
もし街を歩いていて急に小太りの人に「あ!知らない人だ!」と言われても、悪い人じゃないのでやさしくしてあげてください。
たぶんハンバーガーをあげたら喜ぶと思います。
おしまい