トゥース!の話

朝、会社に着いて何の気なしに引き出しを開けてみたら、身に覚えのない飴玉が出てきた。

おおかた誰かからもらったんやろうけど、少しは空腹を和らげてくれるかと思って朝シャンならぬ朝キャンをキメる。

舌で転がし、たまに空気を含ませながら(この味、この香り、そしてこの包装紙の絵柄からして、引き出し3ヶ月もののグレープキャンディだな…)とキャンディソムリエごっこに興じていると、右の奥歯に突然痛みが走った。

一瞬何が起こったのかわからなかったけど、考えられる可能性はひとつしかない。

 

どうやら虫歯デビューしてしまったらしい。

 

右の奥歯といえば完全に歯の中ではエース的な存在なので、このまま放置しておくわけにはいかない。

一刻も早く奥歯ちゃんにスタメン復帰してもらうため、午前中の業務はすべて近所の歯医者の口コミを調べることに費やした。

そして口コミの評価と関係なく、HPの歯科助手さんの写真がかわいかったところを予約した。

 

当日、やや緊張しながら院内へ入るとRIPSLYMEの曲が流れていて一気に不安を煽られる。

歯医者とかってクラシックのイメージやったんやけど違うのか。

思いっきり「フリーキーなスタイルでいこうぜ」的なフレーズが聞こえるけど、絶対にやめてほしい。

扉の向こうにはダンスフロアが広がっていて、ホワイトニングと称してDJにステージで歯をスクラッチされてピカピカにされてしまうかもしれない。

治療中先生に「痛かったらプチョヘンザしてくださいねー」とか言われたら文字通りお手上げだな。

 

余計なことばっか考えていたせいで、心の準備ができる前に名前を呼ばれてしまった。

ドキドキしながらドアを開けると、ゲスの極み乙女でキーボードやってそうな顔の歯科助手のお姉さんが立っていた。

あたりを見渡し、天井からミラーボールがぶら下がってないのを確認してとりあえず安心する。

全然話変わるけど、ゲスの極み乙女のキーボードの人(ちゃんMARI)のTwitterの自己紹介文に「たまにコポゥと発します」って書いてて、ツイート見てるとほんとにたまにコポゥ!ってつぶやいとるんやけどめっちゃこわくない?

コポゥ!って発するやつにまともな人なんていないからね。

もしかしたらこのお姉さんもやばい人かもしれないから気をつけよう。

 

ちゃんMARI似の歯科助手さんから「座ってお待ちください」と言われ、大人しく待ってると、今度は奥から女医さんが出てきた。

さっきからちょくちょく予想と違うことが起こるなあ。

おでこにCDをつけた小太りメガネの中年男性を想像してたので、なんだか期待を裏切られた気分になった。

もちろんおでこにCDはない。

お姉さんともおばさんとも言い難い、男性でいうところのナイスミドルな女の人。

ちなみにオードリーの昔のコンビ名がナイスミドルなんやけど、「どこが痛みますかー?」って聞かれて「トゥース(歯)!」って答えたら若林風につっこんでくれるかな。

そんなことを考えていると「はい口開けてー」という声と同時に、銀色の棒を口の中に突っ込まれた。

突然の強襲に、心の中のリトル春日の「アパァーーーーー」という声がこだまする。

 

(どの歯が痛いのかとか確認されんのやな)とか思ってると案の定「痛いのはどの歯ですかー?」と聞かれた。

そこから「痛いのはいつから?」「冷たいものはしみますか?」「常に痛みますか?」といった怒涛の質問攻めが始まる。

ただ、質問されてる間も俺の口の中で銀色の棒は絶えずパフォーマンスを続けてるわけで。

しゃべれない。

人は口の中に物を突っ込まれるとしゃべれなくなることをこの人は知らないのか?

それともこれはそういうプレイなのか?

目で訴えようにも先生は俺の口の中に釘付けで、全然目が合わない。

なにが先生をそこまで夢中にさせるんやろう。

俺の口の中に妖精でもおったんか。

 

このまま答えられないでいると「どうしますか?」「もう歯全部抜きますか?」「そうしましょう!」「いいですね?」と言って必死の抵抗虚しく、妖怪歯無しゴリラにされてしまう。

そうなれば春日じゃないのに「アパァーーー」しか言えなくなってしまう。

それはテクノカットにされる100倍キツいので、なんとか避けねば。

意を決して答えようとすると、思いっきりむせて「コポゥ!」という鳴き声が出た。

突然のちゃんMARI。

視線を斜めにやると、ちゃんMARIが俺の口の中をライトで照らしている。

マスクをしているせいで表情まではっきりとわからないが、本人を前にして「先制コポゥ!」をキメてしまい、かなり怒り心頭なはず。

気まずさでちゃんMARIから目線をそらすと、今度は人の口にいろいろ突っ込みながら絶えず質問攻めをしてくるゲスの極み乙女を見つけた。

助けてベッキー

そんな心中を知ってか知らずか女医さんの攻撃はなおも続き、俺は結局合計3回「コポゥ!」と鳴くこととなった。

 

満足したのか、銀色の棒を片付けると先生は「歯、きれいですよ。何も見当たらないです。どうしましょう?」と言ってきた。

なんだそれ。

こんなに歯痛いのになんもないわけないじゃん!

そもそもせっかく勇気を出して歯医者まで来たのにこのまま手ぶらで帰るわけにはいかない。

「レントゲンとかで見たら見つかるとかないですか?」

「その可能性はあります。」

あるのかよ。それお前が提案しろよ。

何はともあれ、レントゲンに最後の望みをかけることになった。

 

ちゃんMARIに連れられて、レントゲン室に入る。

椅子に座らされ、鎧のようなものを着せられた。

どんな拷問が始まるのかと身震いしていると、一瞬の隙をつかれて口の中に謎の物体を押し込まれた。

 

「はにかんでください」

 

と、とんでもないドSが現れた。

やっぱりやばい人だった。

こっちは突然口に異物をぶち込まれてただでさえ涙目なのに、そんな人に笑えと言うのか。

さてはさっきの「先制コポゥ!」の件を根に持ってるな?

なにより不意打ちだったせいですごくえずきそう。

ただどう考えてもレントゲン撮り終わるまでつけっぱなしじゃないといけんやつなはず。

経験上、一度えずきスイッチが入ってしまうと口の中に物を入れることに対する拒絶反応がMAXになってしまう。

そうなればもう「これを口に入れろ」と言われても「そんなこと言ったって(えずいちゃうんだから)しょうがないじゃないか」と言うしかなくなる。

いつのまにか「かなりえずき」から「えなりかずき」になっている恐怖。

とにかく実質チャンスは一度きりだ。

 

目に涙を溜めながら言われたとおりはにかむ。

ちゃんMARIがジッとこちらを見つめている。

なんだこの時間は。

するとちゃんMARIがしきりに「Good! Good!」と言ってきた。

やっぱりイカれてやがる。

Goodなら早よレントゲン撮らんかい!!

しかしちゃんMARIはその場を動こうとしない。

そしてなぜか業を煮やした様子で、やや声を荒げてきた。

 

「どうしたんですか!!派手!!Good!!」

 

もうパニックでしかない。

お前がどうしたんだ。頼むから早く撮ってくれ。

 

「はで!!ぐっと!!」

 

「はで!!ぐっと!!」

 

「歯で!!グッと!!」

 

おそるおそる口の中のものを噛み締めると、ちゃんMARIは何も言わずスッとレントゲン室から姿を消してしまった。

(これはどっちだ…?)と思っていると部屋の奥からレントゲン特有のカシャンというシャッター音が聞こえてきた。

どうやら当たりを引いたらしい。

ていうことはあれだな。

最初に「はにかんでください」って言われたやつ、たぶん違うな。

今となっては正解はわからんけど、きっと噛め的なことを言われとったんやろうな。

ちゃんMARI、噛めって言っとるのに涙目でずっと笑っとるやつが目の前におってさぞかし不気味やったやろうな。

 

恥ずかしさと申し訳なさで歯よりもメンタルの方で重傷を負ってしまった。

まだ虫歯があるのかどうかすらわからないのに、むせてえずいてすでに2回泣いている。

歯医者こわい。

もう二度と来たくない。

 

結局レントゲンの結果歯と歯の間に小さな虫歯が見つかって、一瞬で治療が終わった。

というよりレントゲンまでで力を使い果たして、放心状態のまま治療されて気付いたら全部終わってた。

治療中も1回だけコポったのは覚えてる。

 

ベッキー、俺もあんたの気持ちわかるよ。

しばらく休養したら金スマに出て中居くんに話でも聞いてもらおうかな。

 

おしまい